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Colorful

【「夢愛ドリム」のチャンネルを登録した日から、】

 そろそろ死のうかな。家の前の坂道を下り、最寄り駅に着く頃、ふとそう思いついた。改札に入る。乗り込んだ車両はいつも通り、まだ朝のラッシュアワーの熱を引きずっている。

 死のうかな。頭の中で繰り返すと、なんだか体が軽くなった気がした。

つり革の下の手の甲を隠すように、パーカーの袖を引っ張る。制服のシャツに重ね着していいのはカーディガン、それも黒かグレーのやつだけって校則で決まってる。こんな派手なパーカーじゃ呼出し間違いなしだけど、私には関係ない。  最寄りから各駅停車で一駅。灰色のホームに、私と同じ制服を着た子が一人だけ降りて行った。もう始業時間はすぎてるだろうから、遅刻だな。なんて、電車から降りもしない私が言えることじゃないけど。再び電車が走り出す。線路沿いに立つ校舎もグラウンドも、あっという間に小さくなる。

 もう一ヶ月、こうして学校をサボり続けている。両親は多分気づいてる。でも何も言われない。腫れ物に触るような、という扱いは、まさしくこういうのを言うんだろう。

 学校のある駅を通り過ぎてから数十分、ようやく電車を降りる。改札を出てすぐ、派手なアーチをくぐる。騒がしい音楽、色とりどりのマネキン、出店のクレープの匂いが私を出迎える。

 なじみのゲーセンで、ハマっている音ゲーを3回分プレイする。そんなに上手くはない。私はゲームそのものというより、この空間が好きだ。うるさくて、光と色でいっぱいで、落ち着くはずはないのに安心する。

 自販機で買ったアイスを舐めながら、また考える。私、死のうかな。

 死ぬというのは良いアイデアに思えた。ぼんやりとゲーセンの壁に寄りかかったとき、ポケットに振動を感じた。

 通話は親友からだった。電話越しに、

「何やってんの?」

って明るい声が聞こえた。

「ゲーム」

 と答えると、電話口の親友はくすっと笑う。

「今日もゲーセンなの?学校は?」

「サボった」

「またぁ?」

 親友はいよいよ声をあげて笑い出す。つられて笑う。そういえば、今日初めて笑った。

「行ったほうが良かったかな」

ひとしきり笑ったあと私は呟く。

「知らなぁい。好きなようにしなよ」

 親友は柔らかくそう言い、電話を切った。

 

 その日の夜、暗い自室でYoutubeを見ながら、また死ぬことについて考えた。最近登録したばかりのチャンネルのカラフルな画面を見て、ふと気がつく。

 死ぬのはいい。でも一つ気がかりがある。葬式だ。先月も行ったけど、暗くて、静かで、みんなが黒い服を着ていてうざかった。あんな風に送り出されるなんて絶対嫌だ。私のお葬式はピンクとか水色とか紫とかがいい。

 想像すると愉快な気持ちになった。ゲーセンのあるあの通りみたいに、参列者全員がガチャガチャの格好をした私のお葬式。絶対にそれがいい。遺書でお願いすればいいんだろうか。書いたところで、うちの真面目な両親がその通りにしてくれるかどうか。

 ふと名案が浮かんだ。そうだ、私が用意すれば良い。

 

 翌朝、いつもの通り家を出て、坂道を下る。電車に乗り、学校のある隣駅を素通りする。アーチをくぐれば、五感全てが暴力的にやかましくなる、いつもの街並み。

 昼過ぎ、親友から通話。両手いっぱい紙袋を持っていて出られなかった。クレープ屋の軒下に荷物を下ろし、掛け直す。

「もしもし?今何やってんの?またゲーセン?」

 親友が尋ねる。

「ううん、服買ってる。学校はサボった」

 私は答え、彼女が笑う。傍の紙袋からは溢れんばかりの原色やパステルが覗いてる。そういえばゲーセン以外の場所で平日の昼を過ごすのは久々だ。服を買い揃えた日の夜、また考えた。参列者の服が綺麗でも、会場が暗いんじゃ意味がない。白黒の横断幕なんか最悪だ。そうだ、それも私が用意すればいい。

 次の日、パーティーグッズをたくさん買った。外国のティーンエイジャーの誕生会みたいなやつ。バルーンとか、金銀のモールとか、クラッカーとか。

 もうこうなったら徹底的に、全部私が用意しよう、と決意した。

 お菓子屋さんを巡り、マカロンや虹色のわたあめやグミやチョコレートをたくさん買った。お線香代わりに並べて欲しいもの全部。

 安い有線イヤホンを持ってカフェにこもり、好きな曲のプレイリストを作った。お葬式ではお経じゃなく、これを流してもらうんだ。

 コスメも買い揃えた。丁寧にメイクして、一番お気に入りの服で自撮りした。きらきらのフィルターをかけたら、遺影の完成だ。

 

 全部を揃えた日の真夜中、私は満足していた。準備万端。好きな服に好きな音楽、好きなお菓子。足りないものなんてあるだろうかと考え、はたと気づく。

 これだけ私の好きなものを揃えたのだ。どうでもいい親戚とか、仲の悪い担任教師なんか呼んでも仕方ない。好きな人にも来てもらわなくちゃ。

 スマホを取り出し、LINEで親友の名前を探す。でもおかしい、見つからない。仕方なく電話帳アプリを開き、彼女の番号をタップする。耳に当てる間、妙にドキドキした。

 少しの沈黙のあと、機械的な音声が流れた。

「おかけになった電話番号は現在使われておりません」

 あれ、おかしい。もう一度かける。結果は同じ。

「使われておりません」の音声。かけ直す。三回目。四回目。五回目。

 それで、やっと思い出した。

 スマホの画面を消す。唯一の光源がなくなった部屋から、全ての色彩が消えた。

 そうだった。あの子、先月死んだんだ。お葬式にも行ったんだった。その日から私、学校行かなくなったんだ。

 呆然としたとき、手の中のそれが震える。画面には親友の名前。もう存在しないはずの番号。

 そっと耳に当てる。

「もしもーし。今何してんの?」

 聞き慣れた明るい声。この世のどこからも、するはずのない声。少し言葉に詰まったあと、

「葬式の準備」

 と答える。

「誰の葬式なの?」

「私の」

「死ぬの?」

「うん」「どうして?」

「あんたがいなくなっちゃったから、生きてる意味ないかなって」

 私が答えると、親友は少し黙ったあと、「そんなに好きなものに囲まれてるのに?」と笑った。

 私は何か答えようとした。

でも言葉にならなかった。

 どうすればいいと思う、と溢すと、電話の向こうの彼女はくすくす笑い、「知らなぁい、好きなようにしなよ」と囁いた。

 電話が切れた。視界が再び真っ暗になる。手探りで電気の紐を引っ張り、周囲をぐるりと見回した。

 紙袋から、買ったばかりの服を何枚も出す。それをたちバサミで切り刻む。用意したばかりのプレイリストを流しながら作業した。小さな布がたくさん出来上がったところで、私はクローゼットをあけた。クリーニングに出したばかりの喪服はすぐ見つかった。カラフルな切れ端を一枚ずつ喪服に縫いつける。真っ黒の喪服は時間をかけ、ピンクや水色や紫のパッチワークに変わる。

 それでも足りなかった。バルーンやきらきらのモールをボンドで貼り付けた。コスメのラメも塗りたくった。お菓子をベチャベチャと押しつけ、派手な音を立ててクラッカーの中身をぶちまけたとき、ようやく涙が出た。

 カラフルでガチャガチャの、変な塊を見下ろしながら、そのまま空が白むまで泣いた。

 

 その朝、家を出て、駅へむかう坂道を何歩か下ったとき、ふと足が止まった。踵を返し、坂を逆方向に登りだす。住宅街の中の墓地へ入る。あの子の前に昨夜の生き残りのチョコレートを一つ備える。少しの間手を合わせ、駅へ向かう。

 改札に入り、いつもの車両に乗り込む。つり革を掴み、パーカーの袖を引っ張る。

 最寄りから各駅停車で一駅。今日は誰も降りなかった。私以外は。

 一ヶ月ぶりに降りたホームの向こうに校舎の屋根が光っている。パーカーを脱いでカバンにしまおうと、裾に手を当てて、そしてやめた。朝のホームはひなたで、歩いていると少し眩しかった。

 

 私は改札を出た。

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